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 先日、久しぶりに私は白いYシャツを買った。

 気持ちのいいくらいのまっさらな白、というか、純白といってもいいくらいの完璧な白だった。

 でも、それは当然のように、最初だけである。着ていると、あるいは時間が経てば、その完璧さは徐々に失われていく。

 何も白だけではなく、それはすべての色に当てはまることだけれど、白という色は一番、その傾向が際立つような気がする。
 
 今回は事情があって、白いYシャツを購入したが、汚れが目立ち、気を遣うこともあって、随分前から、服でも靴でも私は白いものを新調していない。

 けれど、久しぶりに眩しいくらいの白さを目にしていると、やはり白は美しい色だなと私は思う。

 そして同時に、そこに切なさも感じてしまう。

 どうしても、やがて失われていく運命を感じてしまうからである。どんなに頑張っても、どんなに抵抗しても、失われていくことを変えることはできない。

 よく人生を色でたとえることがあるが、五十年近く生きてきた私は、はじまりのようなまっさらな白ではない。

 色褪せているし、うすら汚れているところもあるだろう。それでは何色に変わってしまったのかと問われても困るのだが、ともかく純白ではないことは確かである。

 それでも恥じることはないと私はどこかで思う。

 美しさばかりで人生は渡ってはいけない。色褪せ、汚れてしまった現状は、私が曲がりなりにも懸命に生きてきた証ではないのか。

 人生は美しく、そして切ない。でも、そこには生きていく意味がきっとある。

  暑いから  言い訳ばかりで  夏は過ぎ

  暑さはいろんなやる気を奪っていきます