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 先日、父の四十九日法要、納骨を終えた。

 次の新盆、さらに一周忌までは時間があるので、一段落がつき、少し落ち着いた気分である。

 ただ、落ち着いたといっても、すべて整理がついたわけではない。

 年金や健康保険の届出、公共料金等の名義変更、銀行口座の解約は終わったが、不動産の相続手続きはまだである。

 法務局へ出向いての手続きは面倒かつ、よく分からないので、専門家である司法書士に依頼しようと思っている。

 多少、お金はかかるが、あれこれ悩む時間を考えたら、こちらのほうが手っ取り早く、確実である。

 この前、例年のごとく、花粉症治療のため、病院へ行ってきた。そこでの待ち時間に何気なく雑誌をめくっていたら、今年の運勢という特集があり、今年の私は「整理の年」に当たるということが書いてあった。

 人間関係や今あるものを整理し、来るべき未来に羽ばたくために、いろいろと準備をする期間らしい。

 そういう意味では、今回の父との別れも自分を一回り成長させるため、前向きに考えるべきかなとも思う。

 父がいなくなっても、私は生き続けなければいけないのだから。

 立春も過ぎ、暦の上では春だが、今年の春は楽しみが一つある。それは私の地元でもあり、母校でもある高校が春の選抜に出場することである。

 投手がなかなか良さそうなので、まずは甲子園での一勝を目指し、頑張ってもらいたい。私は地元民として、OBとして応援するつもりである。

 春までもう少し。それまで一歩一歩、足元を固めながら、無事に穏やかに過ごしていきたいと考えている。


 ※次回の更新は正式な忌明け以降を予定しています(二月後半か、三月前半くらい)。いろいろと用事があり、更新ペースは落ちるかもしれませんが、また、よろしくお願いします。

 お父さんへ。

 考えてみれば、あなたに手紙を書くのは、これがはじめてですね。

 気がつけば、あなたの子どもとして生まれてきてから、五十年近い年月が過ぎようとしています。

 その間、私はどれほどの親孝行ができたのでしょうか?

 きっと、あなたが私にしてくれたことの何万分の一も返していないような気がします。

 私は結婚もできなかったし、孫の顔を見せてやることもできませんでした。もしも、私ではない誰かがあなたの子どもだったら、そのような喜びも、あなたは得られたかもしれないのに。

 本当に、ごめんなさい。

 あなたが家からいなくなって、やっぱり、さびしいです。でも、あなたの代わりは誰もいません。あなたは私たち家族にとって、ただひとりのお父さんです。

 もしも、生まれ変わりがあるとしたら、もう一度、私たちのお父さんになってくれないでしょうか。

 面倒かもしれませんが、よろしくお願いします。私たち家族は、あなたがお父さんではないとダメみたいです。

 今まで、本当に、ありがとうございました。これからも、あなたのことを想い続け、生きていくので、どこからか私たち家族を見守ってください。

 ありがとう、お父さん。

 父の通夜、告別式が無事に終わった。

 次の四十九日法要(納骨)の様々な手配もほぼ終わったので、やっと一息がついたところである。

 仕事中はさほど感じないが、休日、家にいると、父がいなくなったことを強く実感するときがある。

 お気に入りの帽子をかぶり、野菜づくりに励んでいた父。家族のために棚などをつくっていた父。日あたりの良い場所で穏やかに昼寝をしていた父。

 もう、そのような父の姿を二度と見ることはできない。

 私が生まれてきてから、これまで一番頼りにしていた人間が、この世界からいなくなってしまった。

 不安も大きいが、何とか、これからは自分の力でやっていくしかない。

 でも、正直なところ、無理とは分かっていても、もう一度、父に会いたいと思う。

 そして、父の声で、もう一度、私の名前を呼んでもらいたい。

 まだまだ、寒い日は続いていく。今年は春の訪れがただただ待ち遠しい。



 昨日(一月四日)、私の父が七十七歳の生涯を閉じました。

 十月中旬に脳内出血で病院に運ばれて以来、ここまでよく頑張ってくれたと思います。その頑張っていた姿は息子の私にとっては誇りです。

 これから通夜や告別式、その他諸々の手続きなどを私は喪主として、頑張ろうと思っています。

 ご心配いただいたみなさん、本当にありがとうございました。

 ブログのほうは落ち着いたら、再開しようと思っていますので、そのときはまた、よろしくお願いします。

 みなさん、明けまして、おめでとうございます。

 新しい年となり、今日からお正月ですが、父の家での不在もあり、私たち家族にとっては、例年とは違うお正月になっています。

 それでも神棚に新しいお神札をお迎えしたり、お雑煮を食べたりと、お正月らしいこともしています。

 今日、初売りのチラシが大量に入ってきました。いつものお正月なら、父が母を連れて、クルマを出していましたが、今年は私がその代わりを務めることになりそうです。

 昨年末、母とふたりで、お正月用品の買い出しに行ってきましたが、そうしていると私が子どもの頃のことを何度も思い出しました。

 子どもの頃、甘えん坊の私は母のあとについて、近くのスーパーに、よく買い物に行っていました。お菓子を買ってもらうのも嬉しかったけれど、それ以上に母と一緒にいられるだけで、とても安心できました。

 あの頃から云十年、久しぶりに母と買い物をしていると、あの頃に感じたような安心感が自分の中にあることに気がつきました。

 私も母も、お互い、年を取ってしまったけれど、私にとっては世界に、ただひとりの母だからかもしれません。

 新しい年になるということは、また、いくつかの思い出が自分の歩んできた道に残されることでもあります。

 今年一年、どのような思い出ができるのか、まだ分かりませんが、楽しい思い出がひとつでも多く、自分に残ってくれればと今は考えています。

 みなさんにもとっても、楽しい思い出がひとつでも多くできますように。

 
 2019年初春 道草吾郎