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 私たちは宿に戻り、玄関先の水道で自分の金剛杖を丁寧に洗う。どうせ明日には汚れるが、金剛杖は「弘法大師の化身」と言われているので、大切にしなければいけない。それに杖は部屋に持ち込むこともあるので、衛生面からも、きれいにしたほうがいいだろう。
 ともかく、ものを大切にすることは良い。若いテツも丁寧に金剛杖に付いた土を落としている。きっと、テツは素直な人間なのだろう。そして、あの外国人カップルに声をかけたことから考えるに、やさしい人間でもあるのだろう。遍路には、そういう人間が集まってくるのかもしれない。
 部屋は、いたって簡素。こたつと布団一式があるだけ。宿坊でさえ、ついていたテレビもない。きっと、山登りの前夜、思う存分、睡眠を取ってくださいという宿からの配慮なのだろう。
 早めのお風呂のあと、途中のコンビニで買ったT字カミソリとシェービングクリームを使って、私はヒゲを剃る。この遍路旅に出てから、ヒゲを剃るのは初めてになる。
 すべてのヒゲを剃り終えると、さっぱりとした気分になった。頬からあごにかけて触った時にツルツルだと気持ちがいい。それに外見も、きちんとヒゲを剃っている方が爽やかに感じてもらえるだろう。歩き遍路は印象も大事だ。清潔な人間をアピールしておけば、道中、出会う人も安心して接してくれるだろう。
 広間で十人ほどの宿泊客が集まって夕食。その中に見知った顔があった。あの切幡寺の手前のうどん屋で出会った外国人カップル。私たちと視線が合うと、微笑んでくれる。ここに泊まるということは彼らも明日、「遍路転がし」に挑戦するらしい。そこまで大変なことを外国人の彼らが経験しなくてもいいと思うのだが。
 「明日の天気はどうかな?」
 宿泊客の一人の言葉で私はテレビの画面に注目する。広間にはテレビが一台あり、NHKのニュースが映し出されていて、ちょうど天気予報の時間になっていた。
 「明日は晴れだって」
 五十がらみの男性の言葉に、ぱらぱらと拍手が沸き起こる。山登りでは悪条件になる雨を避けられることに私を含め、全員が安堵しているのだと思う。安心して、今夜はぐっすりと眠れそうだ。