FC2ブログ
 第十九番札所・立江寺は「阿波の関所寺」とも言われ、悪行をした遍路は咎めを受け、ここから先に進めないと言い伝えられてきた。なぜ、そう言われるようになったのか?

 自分の夫を不倫相手と殺したお京という女性。逃亡中の身を隠すため、四国遍路となったお京は、ここ立江寺までやってくる。しかし、ここでお京は大変なことになってしまう。本尊の地蔵菩薩に祈ると自分の髪の毛が鉦(かね)の緒に巻きついて取れなくなり、果ては髪の毛と頭皮をむしりとられてしまった。
 全く持って、ホラー映画のような話である。仏様には慈悲のこころがあるのではないのか? 許してやれとは言わないが頭皮ごと髪の毛をむしりとるなんて残酷すぎると私は思う。その後、改心したお京が寺の近くに住み、祈り続けて一生を終えたというが、果たして、それがお京のしあわせなのだろうか?

 幸い、私たち三人は大した悪行はしていないと認知されたらしく、どこも異常はない。なので、ゆっくりとお寺のベンチに座って休憩。
 「お茶、いらない?」
 オーさんが私に先程のお接待でもらった缶入り緑茶を差し出す。
 「飲まないんですか?」
 「あまり、お茶は飲まないことにしている。便所が近くなるから。年取ると、ダメだな」
 どうりで徳島市街の駅で積極的にトイレを駅員に訊ねていたわけだ。私とテツに対しての気づかいというより、本当に自分が切羽詰っていたのかもしれない。

 前の札所でも見かけたあの外国人カップルが境内に入ってくる。どうやら私たちと彼らの歩くペースは、ほぼ同じらしい。私たちより格段に足の長い欧米人の彼らと互角の戦いをしている。案外、私たちは良いペースのようだ。
 しかし、読経では完全に負けていた。二人の読経を試しに聞いてみましょうかというテツを連れ戻しに行った私はあ然として動けなくなった。ほとんど日本語が話せない外国人とは思えないほど、すらすらと流れるように般若心経を唱えていた。その声量からは自信すら感じるくらいに。
 日本語の会話の勉強はしてこなかったようだが、読経の練習は充分に積んできたらしい。私だったら日常会話の勉強をするが、彼らにとっての優先順位は、そちらのほうが上だったのだろう。信仰が個々の生活に密接に結びついている外国人と、そうではない日本人の違いだろうか。

十九番 

第十九番札所・立江寺・延命地蔵大菩薩