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 この遍路旅の間、私は早起きして(大体、午前五時半頃)、トイレに行く。いつも泊まる民宿や旅館には、それほどトイレの数はないので、朝のトイレの混雑を避けるためである。他人の排泄のすぐあとに入るのも嫌だし、自分のすぐあとに入られるのも嫌だった。すぐあとは妙な生々しい感じが残っている。
 しかし、今日は早起きできなかった。テツが昨夜、持ってきたあの本のせいで、眠れぬ夜を過ごしてしまい、いつもの脳内リズムが狂ってしまった。本来なら、焦るところだが、今日は余裕がある。なぜかというと、この宿坊、トイレの数がかなり多く、排泄環境が充実しているからだった。
 誰にも気兼ねすることなく、のんびりと用が足せる。これは宿としては、かなりの高得点だろう。一日を急かされて始まるのと、ゆっくりと始められるのでは気持ちの余裕が全然、違う。たかがトイレ、されどトイレである。

 朝のお勤めに参加し、朝食を取ったあと、私とテツは一緒に歩きだす。今日は二十七番札所を打ち、近くの宿まで。三十キロほどの道のり。
 金剛頂寺からの下りを歩いていると、一台の車が私たちのそばに停まる。自分の車で札所を回っている車遍路の男性だった。四国遍路を九十三回も回っているという徳島県の七十二歳。交換した納め札も輝く金色。私たちの白札と交換するのが悪いくらいだった。
  自分の名前や住所を書いて、札所に奉納する納め札は四国を回った数により、その色が違う。初心者は白札、五回以上は緑札、八回以上は赤札、二十五回以上は銀札、五十回以上は金札、そして百回以上はカラフルな錦の札になる。
 しかし、地元民でなければ白札以上はなかなか難しいだろう。札所の納め札の奉納箱に入っているものも白札が圧倒的に多い。たまに奉納箱の中を漁っている人がいるが、彼らは多く回っている遍路の金か錦の納め札を狙っているのだろう。そういう風にして手に入れた納め札に、どれほどのご利益があるかわからないが。
 ご利益はともかく、男性から私たちはお接待を受けた。それは袋に入ったポン菓子。何十袋も車の中にあったので、きっと出会うお遍路さんに渡しているのだろう。本当に、いい人である。こういう人が、もっと世界に増えてくれればいい。世界平和のためにも。