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 第三十二番札所・禅師峰寺(ぜんじぶじ)も山の上にある。細い山道を登っていくのは一苦労だったが、その分、高いところからの眺めは良かった。眼下に土佐湾が一望でき、太陽の光に反射して、海面がキラキラと輝いていた。思わず、何かを叫びたくなったが、私は我慢した。無邪気になるには私は年齢をとりすぎている。なので私は年齢相応に静かに思いを噛みしめるだけにした。
 札所からは舗装された道を下る。途中、遠足らしい園児たちの集団と出くわす。ギャーギャーと騒がしいが、みんな仲が良さそうで楽しそうだ。
 仲良し小良しか、と私は独りごちる。大人の世界では「仲良し小良し」ではやっていけない。シビアに査定され、「必要な人間」と「不必要な人間」に選別されていく。そして私は一年以上、「不必要な人間」の側にいる。
 この社会での私の役割、この世界に私が生まれてきた意味。いつか、そういうものを私は取り戻せるだろうか。

 下り終えたところで、逆方向から歩いてきたお遍路さんに声をかけられた。私は禅師峰寺はもう少しだと教え、おじさんからは次の札所へは真っすぐ行けばいいと教えられる。遍路同士の情報交換。こういう時、白装束を着ていれば目印になるので、コミュニケーションは取りやすい。白装束は分かりやすい身分証明である。
 その身分証明のおかげか、再び、声をかけられた。七十を過ぎた感じの地元の男性で、自分の家の前に立っていた。
 「ずっと、歩きか?」
 そうです、と私は答える。大体、訊かれることは決まっている。歩きなのか? どこから来たのか? 年齢はいくつなのか?
 「若いのに、よくやっているな」
 「若くはないです」
 若いというのは大学を卒業したばかりのテツくらいの年齢だろう。四十歳間近の私は若いとはいえない。
 「若いよ。俺の孫くらいだもの」
 なるほど。そういう観点なら、私も若い部類に入るのかもしれない。しかし、残念ながら、社会全体からみれば、私は立派な中年である。私に可能性を見出してくれるところは少ないだろう。そもそも自分ですら、見つけられないのだから…。


三十二番 

第三十二番札所・禅師峰寺・十一面観世音菩薩