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 先日、夏用の喪服を新調した。

 近々に誰かが亡くなる予定はないけれど、夏用は持っていなかったので、いざというときのために、一着くらいは用意しておいたほうがいいのかなと、ずっと思っていた。

 私は町工場で働いているので、スーツなどを着る機会はまずない。主体は動きやすく、なおかつ汚れることを前提とした作業着である。

 そもそも、この蒸し暑い日本の夏に、スーツなどを着用するのは大いなる疑問を感じる。

 もしも、私が夏に死んだら、スーツ着用不可、TシャツOKの葬式をしてほしいと遺言に書きたいくらいである。

 新しい喪服を目にしていると、どことなく後ろめたい気持ちになる。自分の中に、誰かに死んでほしいという願いがあるようで、こころの奥のほうがザワザワする。

 生前、父方の祖母は遺影を用意していた。六十代でつくり、亡くなった祖父の遺影のとなりに「寿」と紙を添えて、仏間に飾っていた。

 結局、祖母が亡くなったのは、それから二十年以上先のことで、遺影が若すぎるという理由から、実際のお葬式で使われることはなかった。

 生前に遺影をつくるのは縁起がよろしくないような気もするが、長生きした祖母のことを思うと、案外、悪いことではないのかもしれない。

 神様は気まぐれなところもある。こちらが準備万端整えていても、その出番を遅らせるようなことを時々、するのではないか。

 今、新調した喪服はハンガーに掛けられ、静かにクローゼットの中で眠っている。