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 三月、四月といえば、卒業・入学シーズン。

 移動中のカーラジオから、あるいは職場のお母さんたちの会話から、時折、そんな話題が私の耳にも入ってくる。

 正直なところ、卒業及び入学について、私にはそれほど美しい思い出というか記憶はない。

 卒業式に制服のボタンをねだられたこともないし、入学式に前途有望な気分で臨んだこともない。

 ただ、去り行く場所への若干のさびしさと新しい場所への大いなる不安があっただけである。

 卒業を前にして、ボタンはねだられなかったが、何人かの同級生の女子からサイン帳にメッセージを書いてほしいとは頼まれた(クラスメイトの一員として)。

 『忘れるなら、忘れてもいいよ』

 たぶん、そんなことを書いたような気がする。

 『絶対に忘れないで』と懇願するほど仲が良かったわけでもないし、私は目立たない存在だったので、忘れられても仕方がないと思っていた。

 今にして思えば、別れに際して、随分と冷たいメッセージを残してしまったと反省している。もうちょっと、まともなことを書いておけば良かったと思う。

 今、そんな私が小・中学校の同級生の女子二人と町工場で再会し、一緒に仕事をしている。二人とも私のことを覚えてくれていたようで、『忘れてもいいよ』と書いたものの、その事実に対して、私は嬉しかった。

 自分の存在を認知され、相手のこころに留めてもらう。社会という枠組みの中で生きる人間にとっては、根源的な欲求なのだろう。

 入学そして卒業。ひょっとしたら、誰かを想う気持ちを育むために、それらは必要なのかもしれない。

 今日の別れと明日の出会い。春は人々が成長する季節でもある。
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