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 朝、目を覚ます。そして私は思う。今、何時何分なのだろうかと。

 思うに、日々、生きるということは、そういった細かい問いかけの繰り返しではないだろうか。

 その一つ一つに答えを出し、私たちは己の生活を何とか切り回している。

 おぎゃーと生まれ落ち、それなりに良い人生だったと目を閉じるまで、膨大な量の問いかけの風雨に晒され、立ち向かい、一生を終えていく。

 一つの問いかけに、一つの答えを出す。そのやりとりが自分のデータベースに蓄積され、次の問いかけに対するヒントを与えてくれる。

 そう考えると、たとえ小さなものと思えても、きちんと考えなければいけないと思う。

 適当かつあやふやな答えを出し続けていたら、気がつけば、適当かつあやふやな人生を送ってしまうことになりえるだろう。

 なぜ、人間は生きるのか?

 生きている人間にとって、何度もぶつかるだろう大いなる問いかけの壁である。

 何十年も生きているが、いまだ私にも明確な答えは出ていない。ひとりで考え、ひとりで答えを出すには非常に難しい大問題である。

 人間は他者と関わりあいながら生活をする生き物である。その中で、まわりの人たちから大なり小なり影響を受けている。

 「なぜ、この人はこんな行動をするのだろうか?」

 自分にとっては誰かが、誰かにとっては自分が、そんな問いかけの存在となっている。そして、それが個人の人生観を形成していく上で、きっと何らかの指標にはなっているはずである。

 何気ない取るに足りないと思っている平凡な自分の人生にも意味はあるのではないだろうか。

 今日も問いかけに満ちた世界を私たちは生きている。
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