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 正義というのは、ややこしい。

 一つの正義を信じてしまうと、どうしても、その一つに頑なになってしまう。そして、その頑なさは、ときとして他の誰かを追い詰めることがある。

 週刊誌やワイドショーなどで繰り広げられるスキャンダル報道。不倫、セクハラ、パワハラ等々。

 それらが良くないことは明白な事実である。けれど、社会全体で糾弾しようとするより、まずは当事者間で解決を目指したり、その個人が持っているはずの克服力を大切にするべきではないかとも私は思う。

 おそらく、正義を信じ、その正義を目指そうとする人に悪い人はいないだろう。

 それぞれに理想の形があり、その理想を目指すことは人間にとって、己を向上させるために必要なことだと思う。

 ただ、その正義が一方通行の思いになってしまうと、正義の実現は遠いものになってしまう。

 誰かと同じ方向を目指すには信頼関係が大事である。信頼なき道では、誰かと一緒に目的地に到達することはできない。

 この頃の一連の報道の流れを見ていると、自分たちがつくった正義のストーリーに固執しすぎて、偏狭的になっている部分もあるのではないかとも私は思う。

 その形に相手を進ませようとして、相手を追い込んだり、あるいは膠着して時間ばかりが過ぎていったり。

 一つの形にこだわらず、別の形があってもいいのではないか。

 正義を曲げるというと聞こえは悪いが、変える勇気も、ときには必要ではないだろうか。

 人それぞれの中に、それぞれの正義があるだろう。だからこそ、正義というものは難しい。
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