FC2ブログ

 今は亡き祖母が何度も口にしていた言葉がある。

 『もう食べることも飽きた』

 一緒に食事中、その言葉を何度も聞きながら、どんなに年をとっても、そんなことはないだろうと私は思っていた。

 しかし、私も生誕半世紀がそろそろ見えてくるようになって、祖母の気持ちが少し分かるような気がしてきた。

 大富豪のようにリッチでグルメな食生活を送っているわけではないので、一般庶民の私はある程度のサイクルで、同じようなものを繰り返し食べている。

 その繰り返しの中で、「この食材、この料理」を自分は、どれほど食べてきたのだろうかと考えることがある。そして、これから先、どれほど食べなければいけないのだろうかとも思う。

 そんなことを考えていると、「食べる」という行為が面倒なことのようにも感じられてくる。

 もしも、食べることなく、生存できるなら、人間は多くの悩みから解放されるのではないか。

 日々の献立を考える必要もない。賞味期限を気にする必要もない。食べなければ出るものもないので、出先でトイレの心配をする必要もない。

 様々な悩みから解放され、なおかつ食事に関わっていた時間を別なことにも使うことができる。

 一方で、食べる必要がなくなったら、農業や漁業は大打撃を受けるだろう。食堂やレストランもなくなってしまうだろう。ダイエット本も書店から姿を消すことになるだろう。

 何かをなくせば、それに付随する何かもなくなっていく運命なのだ。

 けれど、食べることに「しあわせ」があるのも厳然たる事実である。美味しいものを食べれば、自然と顔がほころぶし、食材や料理をつくってくれた人に感謝もしたくなる。

 たぶん、そのしあわせは何かを代わりにすることはできないと思う。

 だから、うちの祖母も口では「飽きた」と言いながら、その口にせっせと食べ物を運んでいたのだろう。

 そして私もこれからも毎日、何かを食べ続けることになるだろう。飽きようが、飽きまいが、しあわせを感じるために。
Secret